2026.10.24
本日は麻酔のリスクについてのご質問をいただきましたので、まとめてみました。
犬や猫が避妊・去勢手術、歯科処置、腫瘍の摘出などを受ける際、多くの場合に全身麻酔が必要になります。
飼い主様からよくいただくご質問の一つが、
「全身麻酔は危険ではありませんか?」
「高齢なので、麻酔に耐えられるか心配です」
というものです。
大切な家族が麻酔を受けるとなれば、不安になるのは当然のことです。
今回は、犬猫の全身麻酔にはどの程度のリスクがあるのか、そしてリスクを減らすためにどのような対策が行われているのかをご説明します。
全身麻酔は、動物の意識や痛みの感覚をコントロールし、安全に手術を行うために欠かせない医療行為です。
しかし、どれほど健康な犬や猫でも、麻酔によるリスクが完全にゼロになることはありません。
麻酔中には、血圧の低下、呼吸機能の低下、不整脈、体温の低下などが起こる可能性があります。
また、非常にまれではありますが、重篤な合併症によって命に関わることもあります。
ただし、麻酔の危険性はすべての動物で同じではありません。年齢、持病、全身状態、手術内容などによって大きく異なります。
犬猫の麻酔リスクについては、海外で大規模な調査が行われています。
英国の研究では、麻酔・鎮静に関連する死亡率について、次のような結果が報告されています。
| 対象 | 健康な動物 | 全身状態が悪い動物 |
|---|---|---|
| 犬 | 約0.05%(約2,000頭に1頭) | 約1.33%(約75頭に1頭) |
| 猫 | 約0.11%(約900頭に1頭) | 約1.40%(約71頭に1頭) |
※2008年に報告された英国の研究に基づく数値です。麻酔・鎮静後48時間以内の関連死亡を対象としており、現在の個々の動物病院の死亡率を示すものではありません。
この結果からも、健康な動物では麻酔に関連する死亡は比較的まれである一方、持病がある場合や全身状態が悪い場合にはリスクが高くなることがわかります。
高齢の犬猫
年齢を重ねると、心臓や腎臓、肝臓などの機能が低下している場合があります。
ただし、「高齢だから麻酔ができない」というわけではありません。
大切なのは年齢そのものよりも、現在の健康状態を正確に把握することです。
心臓病や腎臓病などの持病がある場合
心臓病、腎臓病、肝臓病、呼吸器疾患などがある場合には、麻酔薬の選択や投与量、点滴管理などに特別な配慮が必要になります。
肥満や極端な痩せがある場合
肥満の動物では呼吸管理が難しくなることがあり、極端に痩せている動物では低体温や低血糖などに注意が必要です。
緊急手術の場合
胃拡張・胃捻転、子宮蓄膿症、交通事故などの緊急手術では、もともとの全身状態が悪いことも多く、麻酔リスクが高くなる傾向があります。
全身麻酔の安全性を高めるためには、手術前から手術後までの適切な管理が重要です。
1.手術前の健康状態の確認
身体検査に加え、必要に応じて血液検査、胸部レントゲン検査、心電図検査、心臓超音波検査などを行います。
これらの検査によって、外見だけではわからない異常が見つかることもあります。
ただし、術前検査ですべての異常を発見できるわけではありません。
2.それぞれの動物に合わせた麻酔計画
年齢、体重、持病、手術内容などを考慮し、使用する麻酔薬や鎮痛薬を選択します。
麻酔は、すべての犬猫に同じ方法で行うものではありません。
3.麻酔中のモニタリング
麻酔中は、心拍数、心電図、血圧、血液中の酸素の状態、呼気中の二酸化炭素、体温などを確認し、異常の早期発見に努めます。
また、機器による監視だけでなく、スタッフが呼吸や循環の状態を継続的に観察することも重要です。
4.麻酔から覚めるまでの管理
実は、麻酔薬の投与を終了した後も注意が必要です。
覚醒時には呼吸状態の変化や低体温、痛みなどが問題になる場合があります。
そのため、十分に覚醒し、状態が安定するまで継続して観察することが大切です。
「もう12歳だから麻酔は無理ですよね?」
このようなご相談をいただくことがあります。
しかし、年齢だけを理由に手術を諦める必要はありません。
例えば、歯周病による強い痛みや、腫瘍による生活の質の低下がある場合、適切な治療によって元気に過ごせる時間が増える可能性があります。
もちろん、手術のメリットと麻酔のリスクを慎重に比較する必要があります。
重要なのは、「麻酔をかけるリスク」だけでなく、「治療をしないことによるリスク」も考えることです。
現在の獣医療では、麻酔薬やモニタリング機器、疼痛管理の方法などが発展し、動物の状態に応じた麻酔管理が行われています。
それでも、麻酔を100%安全にすることはできません。
だからこそ、手術前に健康状態を評価し、適切な麻酔計画を立て、手術中だけでなく術後も丁寧に管理することが大切なのです。
麻酔について不安なことがあれば、遠慮なく獣医師にご相談ください。
大切なご家族が安心して治療を受けられるよう、飼い主様と一緒に最善の方法を考えていきたいと思います。
参考文献
Brodbelt DC, et al. The risk of death: the confidential enquiry into perioperative small animal fatalities. Veterinary Anaesthesia and Analgesia. 2008;35(5):365–373.