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萩園どうぶつ日和STAFF BLOG

避妊手術で卵巣摘出or卵巣子宮全摘出のどちらを選択するべきか?

日本においては伝統的に圧倒的に卵巣子宮全摘出を行う病院が多いと考えられます。実際に卵巣子宮全摘出を受けられた方が多いのではないでしょうか。卵巣のみの摘出の場合、術後に子宮内膜症、子宮蓄膿症が発生するとある意味迷信的に言われているためです。

実際、ヨーロッパなどでは卵巣摘出、米国などでは卵巣子宮摘出手術を行う病院が多いと言われています。日本は昭和の時代から米国の方法に習っているのでしょう。

当院では基本的に若齢動物では卵巣のみの摘出を行っております。中齢期以上の動物では卵巣子宮摘出術を選択しています。中齢期以上の動物は卵巣ホルモンの影響を長く受けており、子宮蓄膿症の発生リスクがあるのではないかという理由です。しかし、これについてのエビデンスはありません。

私は30年以上この方法で行ってきましたが、卵巣のみの摘出後に子宮内膜症、子宮蓄膿症を発生した症例は1例も経験しておりません。

卵巣摘出のみの場合、術創は小さく、動物への負担が明らかに小さくなります。しかし、慣れない術者が行うと卵巣の一部を取り残してしまい、術後に発情兆候が出てしまうことがあります。卵巣は1mmも取り残すことはできません。

以下に卵巣摘出手術を選択する根拠についての論文の解説を行います。

現時点の文献をまとめると、健康な犬の予防的避妊では「子宮まで摘出することで長期的な合併症が明確に減る」というエビデンスは乏しく、卵巣を完全に摘出できていればOVE(卵巣摘出手術)で十分という方向性がかなり強いです。一方、子宮疾患がある場合などは当然OVHの適応になります。2024年のWSAVAガイドラインも含めて整理します。

まず重要な比較研究

Okkens et al. — “Comparison of long-term effects of ovariectomy versus ovariohysterectomy in bitches”

これは非常に参考になる長期追跡研究です。OVE 126頭、OVH 138頭に対して、手術8~11年後に調査しています。完全なデータが得られたのはOVE 69頭、OVH 66頭でした。

結果として、OVE群で子宮内膜炎の発生を示す所見はなく、尿失禁はOVE 6頭 vs OVH (卵巣子宮全摘出手術)9頭。泌尿生殖器系の長期的問題について両群間に有意差は認められませんでした。著者らは、健康な犬の通常の避妊手術では子宮を摘出する必要性を示す証拠はなく、OVEを選択肢として支持しています。

PubMed:Okkens et al. 長期比較研究

OVE vs OVHを検討したレビュー

Van Goethemらのレビューは、OVEとOVHを比較する際によく引用されます。

OVEはOVHより術式が単純で、手術時間・切開範囲・組織への侵襲などの面で有利になる可能性があります。一方、子宮蓄膿症・子宮内膜炎・尿失禁などの長期的な泌尿生殖器疾患について、OVHがOVEより優れていることを示す明確な差は認められていません。 健康な犬の選択的避妊ではOVEを標準的な選択肢にできる、という結論です。

PubMed:Van Goethem et al. OVE vs OVHレビュー

腹腔鏡手術での比較データ

278頭を対象に、腹腔鏡下OVEと腹腔鏡補助下OVHを比較した研究もあります。

術中・術直後の合併症はいずれも少なく、両群に明確な差はありませんでした。一方、手術時間はOVEの方が短いという結果でした。

長期フォローでは尿失禁が、**OVE 7/125頭(5.6%)、OVH 12/82頭(14.6%)**でした。ただしこれは後ろ向き研究なので、この数字だけからOVEが尿失禁を予防すると結論づけることはできません。最終フォロー時点では、両群とも発情や子宮蓄膿症の報告はありませんでした。

PubMed:278頭の腹腔鏡OVE/OVH比較研究

猫について

猫では犬ほど長期比較データが充実していませんが、OVEとOVHを無作為化して比較した前向き研究があります。

20頭(OVE 10頭、OVH 10頭)を比較したところ、術後疼痛スコアそのものには有意差がありませんでした。ただし、OVHの方が手術時間が長く、追加鎮痛が必要だった猫がOVH 2/10に対しOVE 0/10でした。

PubMed:猫のOVE vs OVH前向き比較研究

「術後の弊害」を考える際の重要なポイント

ここはOVE vs OVHの問題と、卵巣を摘出すること自体の問題を分けて考えた方がよいです。

OVEでもOVHでも卵巣を摘出するため、性腺ホルモンの消失という点では共通しています。そのため、尿失禁、肥満、整形外科疾患、一部腫瘍などについて議論する場合、「子宮を残したかどうか」よりも卵巣を摘出したか、何歳で摘出したか、犬種、体重などが重要になります。ゴナデクトミーの長期的なリスクと利益についてはReichlerのレビューが参考になります。

特に尿失禁については、2024年のACVIMコンセンサスでも、雌犬の避妊手術と後天性尿失禁との関連が取り上げられています。犬種・体重なども重要で、特に大型犬ではリスクが高くなる可能性があります。一方、OVEとOVHのどちらを選択するかによる尿失禁リスクの差を支持する強い証拠はありません。

2024 ACVIM:犬の尿失禁コンセンサス

現在のWSAVAガイドライン

かなり重要なのが2024 WSAVA Guidelines for the Control of Reproduction in Dogs and Catsです。

犬・猫ともOVE、subtotal OVH、OVHについてかなり詳しく記載されています。犬の避妊手術全体では周術期合併症が報告によって**7.5~20.6%**程度で、出血が代表的な合併症とされています。また卵巣・子宮遺残がある場合には、発情徴候や断端蓄膿症などが起こり得ます。

WSAVA 2024 reproduction guidelines


まとめ

完全なOVEが行われている限り、OVHに比べて子宮蓄膿症・子宮内膜炎・尿失禁などの長期合併症が増加するという根拠は乏しいという整理が妥当だと思います。むしろOVEは切開・手術操作を少なくできるという理論的・実際的メリットがあります。時折、卵巣のみ摘出手術について否定的に考えている獣医師もおられるので、エビデンス研究についてのご紹介をいたしました。